せん断型逆変態により形成するラスオーステナイト(γ)を相変態における初期組織とする場合、その本質的な核生成能や熱的安定性を定量的に評価することが重要であり、そのためには、ラスγの詳細な組織観察を室温にて行わなければならない。そのため、本年度は、モデル合金を用いてせん断型逆変態によって生成したラスγを室温で得るための熱処理技術を確立し、それによって得られたラスγの組織的特徴ならびに熱的安定性について評価を行った。 本来、高温相であるγは、Niなどのγ安定化元素を添加することで室温でも安定に存在できるが、γの安定化は相変態が生じなくなることを同時に意味しており、ラスγの室温組織観察は困難を要する。これまで申請者は、準安定γ系ステンレス鋼(Fe-16Cr-10Ni合金)を用いて、室温での冷間加工により強制的に加工誘起マルテンサイト変態を起こさせた後、再び加熱することでラスγを得てきたが、この手法ではラスγに冷間加工の影響が残ってしまい純粋なラスγを評価することが出来ない。そこで、加工を用いず熱処理のみでラスγを得るため、Fe-Ni-C合金を用いて炭化物の析出・溶解によってγの安定度を制御する熱処理法を考案した。具体的には未溶解炭化物が残る部分溶体化によってラスマルテンサイト組織とした試料を、完全溶体化処理に供することでせん断型逆変態を生じさせるとともに、炭化物の溶解によってγ安定度を高めることでラスγを室温で得ることに成功した。得られたラスγはラスマルテンサイト(α')に類似した微細なラス状の組織を形成し、高密度の転位を有することがわかった。ただし、ラスα'のような下部組織は確認されなかったことから、γ→ラスα'→ラスγと相変態することで、元のγと同じ結晶方位に戻るメモリー効果の発現も明らかとなった。なお、得られたラスγは800℃程度の高温において短時間で再結晶する傾向にあり、本質的な熱的安定度はさほど高くないと考えられる。
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