ES細胞の分化は一様ではなく、個々の細胞が様々なタイミングで、様々な方向へ分化する。我々は、抑制型の転写因子Hes1が3-5時間の周期でES細胞内で発現振動(オシレーション)していること、さらに、この振動が下流遺伝子の発現を変動させて、ES細胞の分化のタイミングや運命決定に寄与していることを見いだした。Hes1発現のダイナミックな変化により、様々な分化ポテンシャルをもつES細胞が共存して、不均一な分化様式を維持していると考えられる。 我々は、Hes1欠失マウスES細胞株が、神経細胞へ均一に分化することを見いだしていた。平成22年度は、Hes1を均一に高発現しているマウスES細胞株を用い、Hes1の発現レベルが一定で高い状態では、ES細胞は中胚葉分化へと向かうこと、しかし、機能細胞への最終分化にはHes1レベルの減少が必要であること、Hes1の下流ではNotchシグナルが抑制されていること、を明らかにした。また、ヒトES細胞、ヒトiPS細胞においても、Hes1レベルを低下させると、神経により分化しやすいことを明らかにし、ヒトにおいてもHes1レベルはES細胞分化に寄与していることを示した。 我々は、幹細胞におけるHes1のオシレーションを支える細胞内の分子機構を明らかにすることを目的に、転写因子Hes1により制御される遺伝子群を複数同定してきた。平成22年度には、Hes1抗体を用いた免疫沈降法とマススペクトル解析により、ES細胞においてHes1タンパク質と直接相互作用する新規タンパク質因子を、複数同定した。今後、これらの因子に関して詳細な解析を行い、明らかになったHes1レベル調節機構を利用して、Hes1の発現動態を操作し、効率的で均一な細胞分化を達成できるかを検討する。
|