分子進化の中立説(neutral theory)は1968年に集団遺伝学者・木村資生により提唱された.これに基づき,表現型に現れない遺伝子メカニズムを生物がうまく利用し進化的な時間スケールで環境変動に適応している可能性が報告されている.進化論的計算の分野においても冗長性に基づく中立性が確認されている.また,動的な環境での最適化は進化論的計算が担うべき重要な適用領域である.しかしながら,中立性の存在はこれまでの理論が想定していた前提が成り立たないことを示唆するため,本研究では中立性と環境変動を同時に扱える新しい理論体系の構築を図っている. ・中立性を含む動的なテスト問題を設定して,環境の変動率によって,中立ネットワーク上の個体群の分布がどのように変わるかを調べた.得られた結果は,生物進化で得られている知見と完全に整合性のあるものであった. ・上記の結果をもとに,環境の変動率および突然変異率による,中立ネットワーク上の個体集団の分布に関する確率モデルの構築を試みた.この確率モデルにマルコフモデルを採用したが,マルコフモデルは定常状態を仮定しており,本研究で扱った動的環境におけるダイナミクスと一致する結果は確認できなかった. ・動的環境を扱う進化計算研究の中で,本研究の位置づけを明確にすべく,一昨年度購入した書籍を中心に広くサーベイを行った. ・本研究の成果を論文としてまとめ,国内学術雑誌(進化計算学会論文誌)および海外学術雑誌(BioSystems)に投稿した(本報告書執筆時において投稿中である).
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