本研究は、ミクロレベルの動的認知主体が持つ内部ダイナミクスと、マクロレベルで見られるルールダイナミクスとの循環的相互作用、すなわち、ミクロマクロ・ループを構成する2つのレベルの関係性を明らかにすることを目標としている。ここで内部ダイナミクスとは、ゲーム理論や経済物理学で簡略化されることが多い、主体の行動決定等に影響を及ぼす内部状態の自律的変化のことである。また、ルールダイナミクスはマクロレベルで創発する制度や規範等のルールの動的な変化を指す。 平成22年度に行った研究では、複数のルールの複雑な集合によってそれらの安定性が生じるというNorth(1990)の主張に着目し、研究の初期段階として、複数のルールを構成可能、かつそれらが相互作用できるMulti-Group Minority Gameモデルを提案した。このモデルを用いて、グループ同士が全く干渉しない場合(以下MGMG-a)、自分のグループと他のグループの両方の少数派の手を受け取る場合(以下MGMG-b)、そして、一定期間毎に各グループの一定数のメンバーを入れ替える場合(以下MGMG-c)という3種類の実験を行った。その結果、異なるグループにおいて形成されたルールダイナミクス(ここでは少数派の手の時系列パターンの変化)の周期が同期する現像が見られ、MGMG-aよりMGMG-bの方が同期頻度は高くなることが分かった。また、MGMG-bより、約半数のメンバーを定期的に入れ替える場合のMGMG-cの方が更にその同期頻度が高くなることが分かった。これらの実験結果から、異なる国や地域が相互作用することで混乱せずに、それぞれが安定化するためには、主体が他の文化や制度などを現地で直接学ぶことを通してそれらを定期的に主体の内部に内在化させることが必要であることが示唆された。 これらの結果は、Minority Gameやマルチエージェント・システムを用いたこれまでの新制度論的研究では殆ど見られなかったものであり、制度や規範の形成・変化を解明する上で、極めて重要な研究成果であると考えられる。
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