研究概要 |
音AとノイズBを交互に提示した場合,適切な音響条件下では音AはノイズBの背後にも鳴り続けているように知覚される。この聴覚的補完は,従来,初期の聴覚処理段階での成立が想定されてきたが,近年,高次要因の影響が報告され,従来論の修正が求められている。最近,筆者は音Bの提示タイミングの予測性が低い場合には音Aが補完されやすいことを報告し,聴覚系による予測メカニズムが聴覚的補完に関与する可能性を示した。本研究では,心理学的手法と生理学的手法を用いて予測性の効果を詳細に検討し,成立メカニズムの解明を目指す。H22年度は心理学的手法を用いて予測モデル形成の時間特性について検討した。ここでは聴覚的補完が生じているときは物理的に音が存在しているときと弁別が困難になる,という特性を利用し,同じタイミングで妨害音を提示し続け,弁別閾の変化をトラッキング法で調べた。その結果,(1)40回程度同じタイミングで提示し続けると弁別閾は低くなり始める。(2)被験者はその呈示タイミングを再認できない。(3)再度の弁別テストを行うと,同じタイミングで提示された場合には,弁別閾が低下し始めるのに要した試行数は少ない,ことがわかった。この結果から,呈示タイミングを学習するには40回程度のサンプルが必要であり,また,その学習過程はヒトの意識にのぼらない潜在的な学習過程であることが推測された。次に,この予測性の効果の周波数選択性について検討した。その結果,周波数選択性はあるものの,マスキングなどに見られる周波数選択性よりも広いことがわかった。これらのことから,聴覚的補完に関与する予測性の生成には,被験者が意識できない,かつ抹消レベルではないミッドレベルの処理過程は関与することが推測される。
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