本年度は、チンパンジーが自身を取り巻く社会環境をどのように認識しているのかを明らかにするため、下記の研究をおこなった。 研究1:当施設で飼育されているチンパンジー(弱齢群:約11歳、高齢群:約30歳)をもちい、視覚的経験が顔知覚に与える影響を分析した。彼らは、群れで生まれ育ち初期経験は同種に強く偏向している一方で、長期的経験は同種は13頭と限られているのに対し、ヒトは実験者、飼育者等、常に増加し続ける。実験の結果、下記の3点が明らかになった。1)弱齢群は、ヒト顔よりも同種顔弁別のほうが成績がよかったが、高齢群では逆であった。これは、ヒトの「知覚的狭小化」とよく合致するとともに、長期的経験もまた緩やかではあるが顔知覚を変容させていくことを示唆している。2)次に、弱齢群は同種顔に対して強い倒立効果を示す一方で、高齢群はヒト顔に対して強い倒立効果を示した。これは、観察された顔知覚の変容が顔の全体処理様式の変容を反映していることを示唆している。3)最後に、顔の左または右半分を反転し作成した左、右キメラ顔を刺激に用いた結果、彼らの顔知覚が左視野に投影された顔の情報により依存していることがわかった。これは、彼らの顔知覚が脳の右半球の処理に依存しているという可能性を示唆している。 研究2:直接的に順位弁別を訓練することなく、彼らが他個体の順位関係認識を分析した。見本あわせ課題をもちい、群内の既知他個体弁別をおこなわせた。その際、選択肢を上下に配列し、上位個体が上、または下位個体が上に呈示される条件を用意した。ヒトでは、順位の高いものを空間的に上に結びつける表象マッピングが存在する。実験の結果、チンパンジーも上位個体が上に配置されているときに成績が向上した。これは、彼らの他個体認識がその順位表象を含めたものであるだけではなく、彼らが空間的にその情報をマッピングするということをも意味している。
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