本研究の目的は、ヒト同様に視覚を主な感覚モダリティとする鳥類と霊長類を比較し、視覚処理における鳥類、霊長類の視覚特性を解明することである。視覚処理は全体と部分の2段階を仮定すると、ヒトでは前者が後者よりも優先されるのに対し、ハトでは部分処理が優先されると考えられている。本年度の研究では、先行研究で見られたハトとヒトの全体・部分の優先性における種差が、写真を用いた自然カテゴリーの弁別に関しても見られるかどうかを4種類の画像操作によって検討した。画像操作による全体情報と部分情報の欠損度合いが等しい場合、ヒトはどちらの刺激操作でも同様にカテゴリー弁別の精度が低下したのに対して、ハトは、全体情報よりも部分情報を欠損する画像操作によって、弁別精度の低下が著しかった。この結果は、写真などの複雑な刺激に関してもヒトは全体情報を弁別手がかりとして利用しやすいのに対し、ハトは部分情報を弁別手がかりとして利用しやすいことが明らかとなった。 しかしながら、ヒト以外の動物が写真をヒト同様に三次元的なものの表象として認知するとは考えにくい。そこで、続く実験では、幾何学図形を用いて形態のもつ全体性の知覚をより検討しやすくするために、パターン優位性効果に注目した。ある視覚弁別課題を弁別するときに、ヒトは視覚的文脈なしで行う場合に比べ、視覚的文脈が与えられた場合に弁別が促進されることが知られている(パターン優位性効果)。この課題を用いて、チンパンジーが、ヒトと同様に、全体性を部分のまとまりによって創発するものとして知覚するかどうかを検討した。幾何学図形に関しては、チンパンジーでもヒトと同じように特徴の創発性を示唆する結果が得られた。これは、ヒトと系統発生的に類縁性の高いチンパンジーはヒト同様の全体性の知覚様式を持つことを示唆している。
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