本研究では、齧歯類の一種であるデグー(Octodon degu)を用いて、物体の様々な操作を可能にする認知基盤を実験的に検証することを目的とした。今年度は3匹のメス(6歳齢、2歳齢×2)に対して入れ子操作の行動実験、および道具使用訓練を行い、操作の習熟度と行為の複雑さを評価することを目的とした。 入れ子操作は、居住ケージ内で6個のカップを用いて行った。カップを与えただけでは操作が自発されなかったため、条件付けにより行動の形成を試みたところ、6歳齢のメスで2個のカップを組み合わせるpairが発現し、次に複数のカップを順に他の1つのカップに定位するpotの入れ子操作が自発した。この個体は最大で4個のカップを用いたpotを構築し、組み合わせた入れ子を分解して再構築する行動も見られた。2歳齢の被験体では、実験後半に1匹でpair操作がわずかに確認されたが、他の1匹では餌皿に遊具や木片などカップ以外の物を定位する操作が見られたのみであった。道具使用訓練は、実験を行うスペースが確保できなくなったため断念した。 本実験で得られた結果および発声訓練時に自発された入れ子操作行動についてHayashi(2007)による行為の文法的記述による解析を行った。結果、pairからpotまでの行動の変化が霊長類と類似していることが確認された。しかしながら2つの物体を組み合わせたものを3つ目のカップに定位するsubassemblyは見られなかった。これが齧歯類であるデグーの階層的操作能力の限界であるとすれば、ここに霊長類に特有のsubassemblyを可能にする認知的基盤があると考えられる。また発声訓練時はすべての被験体で入れ子操作が自発されたが、本実験で安定して操作を行ったのは3匹中1匹であった。このことから、自発的な発声制御を可能にする要因が入れ子操作にも関連していることが改めて示唆された。(793字)
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