薬剤が生体システムに対しておよぼす作用を動的統計モデリングにより時系列遺伝子発現データから抽出する方法論の研究を行った。通常、我々が観測できるのは薬剤が作用した結果としての生体の反応であるが、その原因となる薬剤が生体システムに対して、いつ、どこで、どのように影響を与えているかを網羅的に観測することは困難である。逆にそのような情報を得ることができれば、薬剤作用機序の解明や副作用を回避する新規薬剤作用点探索等への応用が大きく期待される。本研究では薬剤の作用を、時変隠れ変数として状態空間モデルの枠組みでモデル化することにより、薬剤投与・非投与群の時系列遺伝子発現データから抽出する手法の確立を目的としている。 本年度は、生体システムに対する非観測動的外生制御因子としての薬剤効果を表現する数理モデル化の検討を行い、初期モデルを状態空間モデルの枠組みで構築した。モデルの構成は階層型モデルとなっており、下層の細胞システムを表現する部分と、上層の薬剤効果を生成する部分からなる。薬剤からの影響は、細胞システムの各転写モジュールに対して与えられるものとなっている。開発したモデルをヒト肺正常細胞から得られた、ケース(抗がん剤投与)・コントロール(抗がん剤非投与)時系列遺伝子発現データに対して適用し薬剤効果の推定を図った。推定された薬剤効果プロファイルおよび、予測遺伝子発現プロファイルと観測値との予測誤差の詳細な検討を行い、モデルの改良を行った。更に薬剤感受性の異なる肺がん細胞株から得られたデータの初期的な解析もすすめた。
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