単細胞生物・真性粘菌変形体は、神経系のような中央集権型指令系を持たないが、環境刺激情報の記憶、最適化問題解決、ロボット制御等の高度なタスクを実現できる。こうした自律分散型情報処理は、細胞外質中の繊維状タンパク群が、集団的に時空間振動ダイナミクスを自己組織化することにより実現するものと見られるが、詳細機序は不明な点が多い。本研究では、粘菌の自発的挙動に応じて光刺激をフィードバックする実験観察システムを構築することにより、時空間ダイナミクスが情報処理機能を創発する機序を解析するとともに、類似したダイナミクスをもつデバイスにより革新的平行計算を実現する方法を探るべく、ニューラルネットワーク型バイオコンピュータを開発した。当システムは、最も難しい組合せ最適化問題の1つである巡回セールスマン問題(TSP)の解探索を、都市数Nの2乗個の素子(粘菌分枝群)を結合することにより実行する。一般に、TSPの可能な有効解の数は、階乗のオーダー((N-1)!/2)で成長するため、最適解の導出はNの増大とともに飛躍的に困難となる。著者らの先行研究で、N=4(素子数16)の場合、当システムが高い確率で最適解に到達できることが示されていた。我々は、当システムの解探索能力をNの関数として評価し、それを外挿する事で、時空間振動ダイナミクスを平行計算に活用する我々の方法が、より大きなサイズの様々な実用的問題に対しても、有効な解決手段となり得ることを示したいと考えている。その第一歩として本年度は、当システムの素子数を64へと拡大し、8都市のTSPに対する性能評価を行った。その結果、当システムは高い確率で良好な解に到達した。また、解探索に要する時間が、N=4の場合と比較して、劇的に成長しないことが示唆された。
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