我々はニューロン新生を担う神経幹細胞の増殖能がアデノシンによって抑制的に調節され、これはアデノシントランスポーターの一種である受動拡散型ヌクレオシドトランスポーター1(Equilibrative nucleoside transporter 1; ENT1)を介したアデノシン細胞内取込みによってもたらされることを見出した。そこで本研究では、ENT1を介したアデノシン取込みによる神経幹細胞の増殖抑制の分子基盤を明らかにするとともに、ENT1を介したアデノシンの細胞内取込みと増殖抑制が、脳内のニューロン新生において生理的および病態生理的にどのような役割を果たしているのかをENT1遺伝子欠損マウスを用いて探ることを目的とした。この目的を達成するために次の3つの項目について検討を行い、次のような成果を得た。 1)マウス海馬由来の神経幹細胞におけるENT1の発現解析および活性調節機構の解析 マウス海馬から神経幹細胞を調整し、増殖条件および分化条件下におけるENT1ならびにENT2、ENT3、ENT4のmRNA発現を解析したところ、ENT2-4は未分化状態ではほとんど発現せず、分化に伴い、その発現が上昇するのに対し、ENT1は未分化状態で多く発現し、分化に伴い、その発現は低下した。さらに、ENT1欠損マウス由来の神経幹細胞において、アデノシンの増殖阻害曲線は右方シフトしており、アデノシン耐性であることがわかった。さらに、^3H-アデノシン取込みを指標にしてトランスポーター活性を調べたところ、未分化な神経幹細胞におけるENT1特異的なアデノシン取込みが明らかになった。 2)ENT1を介したアデノシン取込みによる神経幹細胞増殖抑制の分子機構の解明 薬理学的・生化学的解析により細胞内に取り込まれたアデノシンは、アデノシンキナーゼによってアデノシン-1-リン酸(AMP)に代謝された後、ピリミジンde novo合成経路を抑制して増殖を阻害していることが明らかとなった。一方、高い細胞内AMP/ATP比で活性化されるAMP依存性キナーゼはアデノシン処理で活性化されるもののアデノシンによる増殖抑制には関与していないことが明らかになった。 3)生体内のニューロン新生におけるENT1を介した増殖抑制の役割の解明 脳内でアデノシンレベルの上昇する睡眠剥奪はマウスの海馬神経幹細胞の増殖を阻害することがBrdU免疫染色法によって観察された。
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