強迫的な繰り返し行動は、自閉症スペクトラム(広汎性発達障害)と強迫障害スペクトラム(強迫性障害、トゥーレット症候群、抜毛症等)に共通した中核症状である。この異常行動の発症機序はほとんど分かっていないが、近年の研究は、これまで主流であったセロトニン神経伝達ではなく、グルタミン酸神経伝達の異常が原因となる可能性を示唆しつつある。23年度は、前年度に作製した、強迫的繰り返し行動(毛づくろい行動の大幅増加とこれに伴う頭頚部の脱毛・損傷、運動チック)を示すグルタミン酸輸送体GLT1の時期特異的欠損マウス(GLTIcKO)の詳細な解析を行った。温度感覚試験や皮膚の病理からは、繰り返し行動が末梢性ではなく中枢性であることが示唆された。形態学的解析からは神経細胞の消失、アストロサイトの活性化、細胞死等の異常所見は認められなかった。電気生理学的・生化学的解析からは、大脳皮質-線条体間シナプスにおける基本的なグルタミン酸神経伝達の異常は認められなかったが、一方、繰り返し刺激の条件下ではグルタミン酸神経伝達の過剰な活性化が観察された。行動学的解析からは、強迫障害スペクトラムの別の中核症状である不安の亢進、自閉症スペクトラムの別の中核症状である社会性の喪失は認められなかった。GLT1 cKOの強迫的繰り返し行動はNMDA型グルタミン酸受容体の阻害剤であるアルツハイマー病治療薬メマンチンにより大幅に抑制された。以上の結果は、大脳皮質-線条体間シナプスにおけるグルタミン酸神経伝達の過剰活性化が、自閉症スペクトラム・強迫障害スペクトラムに共通する強迫的繰り返し行動の発症に重要であることを示唆している。GLT1 cKOマウスは強迫的繰り返し行動のみを示す為、その回路・分子基盤の解明や治療薬評価の有用なツールとなり、またGLT1は強迫的繰り返し行動の有望な治療標的と考えられる。
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