本研究の目的は、NMDA受容体サブユニットGluN2B(NR2B/GluRε2)を発現する神経細胞における当該分子に関わる分子群の動態を調べることで、NMDA受容体の活性調節機構を明らかにすることである。この目的のために、申請者が見いだした「海馬CA3シナプスではGluN2BがNMDA受容体の活性化に必須な分子である」ことが、性質の異なる扁桃体の抑制性神経細胞や大脳皮質興奮性神経細胞においても成立するか否かを細胞特異的GluN2B遺伝子欠損マウスを用いて検証する。まず抑制性神経細胞特異的にCreを発現するGAD67-Creマウスと、NMDA受容体GluN2Bサブユニットのfloxマウスを作製して交配させ、抑制性神経細胞特異的GluN2B遺伝子欠損マウスを作出した。さらに、前脳興奮性神経細胞で選択的にCreを発現するEmx1-Creマウス及び海馬CA1領域に選択性高くCreを発現するCP14マウスそれぞれととGluN2Bサブユニットfloxマウスを交配させて2種類の興奮細胞選択的GluN2B遺伝子欠損マウスを作出した。これらのマウスの表現型を解析したところ、抑制性神経細胞特異的GluN2B遺伝子欠損マウスは、発育が悪く下肢反射異常が見られた他、小脳において登上線維終末の分布に異常が認められた。一方、大脳皮質興奮性神経細胞でGluN2Bサブユニットを欠質したマウスは、生後2週間ほどしか生きなかったが、海馬CA1で欠質したマウスは成体まで生存した。この変異マウスのCA1錐体細胞ではNMDA受容体を介する電気応答は減少していたが、CA3錐体細胞でGluN2Bサブユニットを欠質した個体のように全てのNMDA電流が消失しているのとは異なっていた。このことは、NMDA受容体の活性調節の機序は海馬興奮細胞においても細胞ごとに異なっていることを示唆するものであった。
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