本研究課題では、股関節に障害を有する患者における動作時の関節周囲筋および関節への負荷に関して、筋骨格モデルを用いたシミュレーション解析を行うことを目的とした。 (健常者における解析) 健常若年者を対象として、歩行動作時の筋腱複合体の長さ変化の分析、および歩行動作時の筋張力変化のシミュレーション解析を行った。歩行時の筋腱複合体の長さ変化の分析から、一側下肢の半腱様筋と反対側下肢の大腿筋膜張筋の最大伸張タイミングが一致する傾向にあることが明らかとなった。この結果は、股関節に障害を有する患者で頻発する筋短縮について、両側下肢筋の相互作用により、一方の筋短縮が骨盤を通じて対側下肢の筋への過剰なストレスを惹起することを示唆している(第39回日本臨床バイオメカニクス学会)。また、歩行時の筋張力変化のシミュレーション解析では、特に腸腰筋の筋張力低下の影響として、大腿直筋と腓腹筋の筋張力が代償的に増大し、その結果として膝関節間力が15.5%増大することが明らかとなった。このことは、患者における動作時の筋張力低下による他筋や他関節への影響を窺い知る重要な知見である(第48回日本理学療法学術大会)。 (股疾患患者における解析) 人工股関節全置換術後患者を対象として、歩行動作の筋骨格モデルを作成し、歩行時の下肢各筋張力を推定した。年齢及び身体サイズが同程度の健常中高年者と比較し、歩行時の内的股屈曲モーメントは86%と低下を認めたが、今回新たに個々の筋張力を推定すると、腸腰筋で32%と大きな低下を認めた。すなわち、股疾患患者では下肢各筋が一律に筋張力を低下させているわけではなく、また筋によっては関節モーメントの低下率よりも大きく張力が低下している筋も存在することが明らかとなった。このことは、従来の関節モーメントからの力学的負荷推定のみならず、個々の筋張力の推定がより重要であることを示唆している。
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