金属の必要最小量については、固体の染料を用いた染色布における検討、抽出済の市販液体染料と抽出物の乾燥粉末化染料(ラック)を用いた染色布における検討、に引き続き本年度は、抽出済の市販液体染料と固体染料からの抽出水溶液を用いて、溶液における吸収スペクトルの変化から検討した。具体的には、コチニールとスオウの液体抽出染料(田中直染料店)に、硫酸銅(II)、スズ酸Na、塩化スズ(IV)、酢酸Al等の金属イオンを、濃度が最大0.5mol/Lから最低0.000005mol/Lまで種々の濃度が倍数的に得られるように調整し、反応後の可視吸収スペクトルを測定した。pHの影響も考慮し、金属イオン有り、無し、いずれも緩衝液を用いて吸収スペクトル曲線のpH依存性も調べた。また、コチニールにおいては、カルミン酸濃度を吸光度から計算で求め、色素と金属の配位状態について推測した。これらの結果、金属イオンは、色素分子とのモル比においても1:2(色素:金属)程度の微量でも、発色を完遂していることが確認できた。その濃度は染色に供する程度の染料濃度(コチニールの市販液体染料なら1000倍希釈)であれば、銅イオンが0.0025mol/L(染液が1Lであれば、無水硫酸銅0.4g)であった。それよりも少なければ発色は完遂せず、それ以上の濃度では0.01mol/Lまでは吸収スペクトルはほぼ変化なく、0.025mol/L以上の濃度では濃くなればなるほど吸収のピークはブロード、長波長側の吸収も高くなり、カルミン酸本来の色とは言い難い。 一方、金属イオンの繊維への物理的影響についても実験を行った。絹および綿に対し、浸漬金属塩に含まれる硫酸根と酢酸根の違いによる糸の強伸度の変化を、pHの影響を排除し、加熱促進も含めて行った。その結果、硫酸根が特に繊維の強伸度に影響を与えているという結果は出ず、巷で言われる硫酸根の悪影響には疑いが残る。
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