研究概要 |
本研究の目的は,古代人の食生活を復元するために,飛行時間型二次イオン質量分析法(Time of Flight Secondary Ion Mass Spectrometry: TOF-SIMS)を用いて,土器に残存する有機物分子を分子レベルで直接同定し(非破壊分析),土器で調理された食材を推定することが可能であるか確認することである.まず,Bristol大(英国)生物地球化学グループのEvershed教授との共同研究により、TOF-SIMS分析に用いる土器に残存する有機物組成の分析を行った。対象とした遺跡は,礼文島浜中2遺跡(縄文時代後期)や,愛知県渥美半島にある縄文時代後晩期の伊川津貝塚,保美貝塚,大西貝塚であり,海産魚介類の遺物が多数出土しており,当時の人々が海産資源に依存した生活を行っていたと推定されている。分析したいくつかの土器胎土から海洋性動物に多い不飽和脂肪酸(C_<16:3>, C_<18:3>, C_<20:3>, C_<22:3> )の加熱生成物と想定されるω-アルカノイック酸が検出された。通常は検出されないこのような環状化合物とともに,動物に含まれるプリスタン酸メチル,フィタン酸メチルも検出され,さらに遺跡からは、多量の海獣骨が出土している。これらの結果は,炭素年代測定や安定同位体分析などとも整合的であり、土器で海産物を調理していたという考古学的な仮説を支持するものと考えられる。 これらの土器を実際にTOF-SIMSを用いて,分析を行った。複数のスペクトルが検出される場合と、何も検出されない場合あったが,標準物質から検出された分子イオン以外に未同定の多くの分子イオンが検出され,今後,これらの未知の分子イオンを同定し、起源物質を推定するには、凹凸のある土器試料におけるイオン化条件と生成する分子イオンの関係を検討していく必要があることがわかった。
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