出土絹繊維は国内での出土例も多く、歴史研究に重要な意味を持つ文化財として認識されているが、劣化の基準となる指標がなく、保存処理方法の検討も進んでいない。そこで本研究では出土絹繊維の劣化状態を把握し、保存処理に役立てるための基準作成を目的とした研究を行っている。今年度は実際の出土絹製品について分析を行い、劣化状態の基礎情報を得る研究を行った。絹繊維は繊維軸方向と横断方向とで異なる劣化状態であることが考えられたため、絹繊維の偏光特性を理解し劣化との関連性を検証した。分析には赤外分光分析を用いた。0°の繊維軸方向(//)~90°の繊維軸横断方向(⊥)まで10°ごとに角度調整し、出土絹繊維の偏光特性を検証した結果、粉末に近い状態まで劣化した出土絹繊維でも偏光特性が得られることを確認し、角度を変えてもAmideIよりもAmideIIの変化が顕著にみられることがわかった。次に、現代参照絹と出土絹繊維とでAmideIとAmideIIのピーク強度比の平均値を求めた結果、現代参照絹では繊維軸方向(//)I=0.77、繊維軸横断方向(⊥)I=2.30の数値が得られ、出土絹繊維では繊維軸方向(//)I=0.81、繊維軸横断方向(⊥)I=4.14の数値が得られた。繊維軸方向(//)では現代参照絹と近い数値を示したのに対して、繊維軸横断方向(⊥)では現代参照絹と比べ約2倍近くピーク強度比が変化していることがわかった。結晶化度については、繊維軸方向(//)で現代参照絹の平均値がC=0.078であるのに対して、出土絹繊維では平均値がC=0.451と、約5倍以上値が大きいことがわかった。繊維軸横断方向(⊥)では現代参照絹がC=0.232であるのに対して、出土絹繊維ではC=0573と、やはり値が大きいことがわかった。このことから、劣化度を示す基準値としては繊維軸方向に分析したデータを使うのが最も適していることを示した。
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