本研究の目的は、これまで研究されてこなかった、神奈川県の戦後水質保全政策における環境ガバナンスの実態を解明することにある。神奈川県は東京都に隣接し、産業上も経済上も重要な県である一方、この県の構造が公害の矛盾を集中させる要因ともなった。この矛盾は水質汚染問題で顕著にあらわれ、県はどのように利害を調整し水質保全政策を進めていったのかは、環境政策史からみて重要な論点である。主な研究成果は次の通りである。第1に、1950年代および1960年代の公害行政の実態について研究し、その成果を学会など発表している。第2に、1960年代は国の旧水質2法と条例との調整が必要とされた時期でもあり、多摩川を事例に、県と国との調整過程についても研究を進めている。第3に、公害等調整委員会の活動内容(とくに都道府県との関係において)について研究を進めている。研究成果は学会などで報告しつつ、順次論文として公表する予定である。
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