研究概要 |
化学物質や放射線の低用量(低線量)域における微弱な影響シグナルは,他の要因による影響に埋没し区別できないこと,そして測定系の検出限界以下の場合がよくあること等から,我々は低濃度から用量依存的に暴露させるこれまでの実験手法に限界があると考え,DNA損傷1分子をゲノムに導入することで低用量暴露を模擬する実験系を確立した。それは,ヒトリンパ芽球細胞TK6由来のTSCER122細胞株のチミジンキナーゼ遺伝子内にDNA付加体1分子を導入し,その部位周辺で起こる突然変異誘発頻度とスペクトラムを詳細に解析することができる。 これまでにチミジンキナーゼ遺伝子のイントロン4およびエキソン5のある塩基部位に,8-オキソ-7,8-ジヒドロ-2’-デオキシグアノシン(8-OxodG),1,N6-エセノ-2'-デオキシアデノシン(εdA),そして2'-デオキシキサントシン(dX)付加体を導入し解析した結果,わずか1分子であっても,それらの付加体は主に一塩基変異(8-OxodGはG:C→T:A(5.6%),εdAはA:T→G:C(7.6%),dXはG:C→A:T(20.5%))を誘発することが分かった。これは,極めて低い用量であっても,付加体がDNA上に形成すれば突然変異を誘発すること(そして発がんに至る可能性を持つ)を示しており,遺伝毒性発がん物質には閾値が無いという従来からのリスク評価法をサポートしている。しかしながら,ここで使用された実験系は,DNA修復機能が正しく働いていないなど,本知見に関してはまだまだデータの蓄積が必要である。すなわち,閾値の存在(付加体が100%修復されなければならない)を確認するためには,関連するDNA修復遺伝子を改変させたTSCER122細胞株を用いて,付加体1分子が起こす遺伝子変異誘発機構を詳細に研究する必要がある。
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