イヌノフグリは環境省レッドデータブックにおいて准絶滅危惧種に指定されている、現在では稀少な雑草である。また、最近の研究から石垣環境に多く生育することが知られている。しかし、明治期の文献にそのような記載はなく、普通な雑草であったと考えられる。 本研究は、イヌノフグリにおけるこのような生態の特性が生じた原因を明らかにすることを目的に、野外調査、生態学的な実験、分子情報の分析など多様な手法を組み合わせた研究を実施した。まず、野外での移植実験・人工授粉実験などから、近縁な外来種オオイヌノフグリ(以下オオイヌ)の花粉を受粉することによりイヌノフグリの種子生産が阻害される、すなわち繁殖干渉を受けることを明らかにした。さらに、瀬戸内海地域を中心とした島嶼における調査から、オオイヌが侵入・定着していない場合には、イヌノフグリは地面に生育する普通な雑草であることを明らかにした。これらの結果は、イヌノフグリが本州本土地域で稀少種になっている現状が、外来種であるオオイヌが及ぼす繁殖干渉によって引き起こされたことを、強く支持している。また、イヌノフグリの種子はもともとアリ散布だとされているが、種子散布アリ相を調査したところ、本州本土地域では島嶼に比較してアリ相がより多様であった。自力で移動することができないイヌノフグリが石垣環境にとどまり続けるには、アリによって種子が散布されることが極めて重要である。そのため、本州本土地域においてはより多様なアリと関係を結ぶことによって確実に種子を石垣に散布するような選択が働いたことを示唆している。なお、これらの解釈は本土地域と島嶼地域のイヌノフグリが同じ種であることを前提にしているが、この点についてはISSR(単純繰り返し配列間)マーカーを用いて妥当な前提であることを確認した。
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