研究目的にそってアフリカの紛争での「敵」の実体化、ローカリティにもとづく社会関係が平和実現に果たす役割を解明した。第一に、外部社会による対象地域の表象が実態と乖離し、多様な社会の共存のあり方が根底からゆらいでいる。たとえば、銃の除去を目的に実施されてきている軍事介入は、地域の生活が直接的で大規模な政治的暴力にさらされる状況をうんでいるが、そのよりどころは、牧畜社会にたいする破壊的な戦闘性という認識である。この認識は、「未開な戦士文化」としての東ナイロート牧畜民をめぐるステレオタイプと、2000年前後になってクローズアップされてきた組織暴力の現代的イメージがまぜあわされたものである。第二に、集団間の同盟と敵対の関係性は、個々の具体的な経験をふくむ状況におうじて柔軟にくみかえられ、同盟関係は空間的な近接や共住経験の共有にもとづく。別の民族集団がいままさに牧草地やキャンプ地を共有しているという当座の文脈を重視する現実的な姿勢は一貫しており、民族集団などカテゴリカルな全体集団の闘争はみられない。第三に、「敵」は過去の喪失をもたらした略奪者として表象され、「敵」への憎悪や復讐心によって集団を統合させる意味は希薄で、レイディングの発生リスクが高い場所での放牧に関与する人びとに、防衛の人的な役割配置を徹底して遂行するうえでの警戒心と対策の必要性を強く認識させる機能がある。最後に、集団間の紛争の契機となるレイディングは家畜獲得の主要な方法であり、獲得した家畜は、略奪者集団の内部で一次的に分配され、それぞれの集落への帰着後、二次的に分配される。レイディングの一次分配でえた個体の数は、他者から入手する方法のなかで最多であり、見返りを期待しない贈与である二次分配の対象には友人や隣人が含まれ、家畜群をレイディングによって奪われた者への救済としても贈与され、分配の範囲は民族集団の境界をこえる。
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