本研究は、アリストテレスにおける一連の倫理学的探究を「幸福(eudaimonia)論の諸相」として統一的に捉えつつ、(a)理論としての幸福論の内実解明、および(b)個別理論をめぐる解釈上の問題の考察を、並行的・相補的に展開するものである。この主旨のもと、当該年度はとりわけ、幸福の定義項(「<アレテー(卓越性)>に即した<魂>の活動」)を構成する基礎概念である「魂」と「アレテー」の概念について、古代ギリシア哲学におけるそれらの内実理解という広い視点をも見据えながら、アリストテレス哲学における両概念の内実を探求する作業を展開した。また、アリストテレス倫理学における個別理論に関しては、フィリア(愛)論における三種の愛の異同と幸福論との関連についての考察を柱としつつ、広範なテクスト分析を進めた。 以下に、当該年度中に発表した業績を略述しておく。(1)アリストテレス魂論の解釈上、最大の焦点の一つであるいわゆる心身問題について、近年提示されたチャールズの心物不可分説に注目しながら、近年の解釈動向の整理と批判的検討を行った。(2)ソクラテス哲学における主要アレテーの一つである「敬虔」を主題とするプラトン『エウテュプロン』について、対話相手(エウテュプロン)の哲学的立場に注目しながらテクスト分析を行った。(3)アリストテレス善論・幸福論を構成する基礎的議論として研究遂行者が前年度以来重視してきた「善の帰一的構造」の理論を、学際的営みである生命倫理学の学的統一性を考える上での一つの視座を提示するものとして示した。(なお、上記のフィリア論についての論考を現在作成中であり、次年度に何らかの仕方で発表予定であることを付記しておく。)
|