2010年度は、共著論文一本を公刊し、口頭発表一回を行った。 共著論文「倫理に向かう哲学」では、自己の生き方や社会の在り方の吟味という意味での倫理学について論じた。特定の規範体系としての道徳と、それを外部の視点から批判的に検討し、よりよい社会と人生を実現しようとする思考の運動としての倫理を区別し、後者を、「言語表現が果たす役割」、「『問い』の機能」など様々な側面から記述した。自己とそれをとりまく状況に関する吟味が単なる自己理解に終始せず、その成果が実践へと展開するダイナミズムを、平易な言葉で説いた。認識と実践へとつなぐこの反省形態こそ、本研究の主題である「実践的反省」に他ならない。 口頭発表の「価値の共約不可能性が哲学的問題であることの意味」では、何らかの選択の場面で複数の異なる価値から一つを選ぼうとするとき、それらが共通の基準に則して比較できないという事態、すなわち価値の共約不可能性を主題とした。そして、この事態に対する考え方が哲学・倫理学においてもつ意味、とりわけに自己吟味としての反省においてどのような役割を果たしうるかについて考察した。 なお、8月にイタリアのヴェネチアで開催されたフランス語圏国際哲学会に出席し、Troisfontaines氏の発表を聴講し、研究の方向性に関してヒントを得たことを追記しておく。
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