平成22年度は、R・ブランダムの表象主義批判を中心に、ヘーゲル哲学のプラグマティズム的解釈について検討した。 ブランダムは、セラーズの「所与性の神話」批判をより徹底させ、(1)単称名についても指示に依拠する必要はなく、それが属する文および、その文が他の文と持つ推論的関係によって意味が確定されること、(2)さらには対象の概念さえも推論的関係に依拠するものであること、(3)その限りで経験主義が典型的に依拠する表象主義的立場は、暗黙の推論的意味内容を明示化するという「表現主義」にとって代わられるべきであることを主張している。ブランダムはさらにそこから、(4)概念の意味を支える規範が使用を通じて確定されるという一元論を主張し、規範に関する一種の社会的実在論を擁護している。ハーバーマスはこれを、ヘーゲル哲学を誤解するものであると批判し、同時に自身の語用論にはカント的二元論を採用するが、本研究においてはヘーゲル『精神現象学』の感覚的確信章における経験論批判、および理性章におけるカント批判を参照しながら、以上のブランダムの主張がヘーゲル解釈としても妥当であること、さらにハーバーマスの意図する語用論に基づく合理性の基礎付けをより一貫して行うものであることが示された。 こうした本研究の意義は、(1)ヘーゲル哲学のプラグマティズム的解釈が一定の妥当性を持つこと、(2)ヘーゲル哲学が、語用論・意味論・推論主義といった現代哲学の論点に、新たな視点を加えうるものであること、を明らかにした点にあり、ドイツ古典哲学のアクチュアリティを明らかにするものとして重要である。 さらに、ヘーゲル研究者および分析哲学研究者のネットワーク構築につとめ、インターネット上での会議通話を通じて研究会活動や意見交換を行う態勢作りを行った。これは分断しがちなドイツ古典哲学研究と現代英米哲学研究との生産的な交流を可能にするという意義を持つものである。
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