この年度の研究活動は主に研究の基盤、土台作りであった。研究テーマは、黄檗宗の禅浄言説(念仏禅という概念など)に重点が置かれているが、黄檗宗の思想的背景も研究範囲内のため、黄檗の道教的要素、近世初期の思想背景を取り上げ、研究を進めてきた。研究目的の一つは、近世社会の中でどういうふうに黄檗宗が活路を開いていこうとしたということにあるため、『桃蘂編』とうテキストを検討する必要がある。今年度はその研究を行い、論文一つが完成でき、採用が決まったので、来年度学術雑誌に掲載される。その研究を行うのに黄檗の道教的要素を検討し、Ming Religion in Edo Japan: A Look at Some of the Obaku School's Daoist Elementsという論文を発表した。この論文は、幅広く黄檗における道教の色彩を取り上げ、検討するものだが、これもより長い『桃蘂編』を取り上げる論文の基盤的研究の成果であった。この論文は、あまり研究されていない黄檗の道教的性格を明らかにすることに意義がある。黄檗の禅浄関係についての研究活動は、万福寺四代住持である独湛性瑩と『翻刻当麻図記』というテキストとの関係を検討した。独湛禅師は、「念仏独湛」と呼ばれたほど浄土行と連想が強く、黄檗禅浄言説における中心的人物である。このテキストは、当麻曼荼羅への縁起説であり、独湛によるものであるとされている。この曼荼羅を見てきたのは、独湛が浄土宗の学僧である義山と忍徴との交流によるものとされ、浄土的色彩の強い明末仏教(禅)と当時の日本浄土宗との交流史における大切な一齣である。このエピソードによって明末仏教(特に禅系の宗教団体)と日本浄土教との共通性を垣間見ることができ、大陸と日本の仏教形態の相違点も浮き彫りにすることに意義が見出せる。この資料の版本はハーバード大学と九州大学にしかないものであり、今年度中には両本を検討し、書き下し、現代語訳もできた。来年度からさらにこの研究を進める予定である。
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