本研究は、前二・一千年紀メソポタミアの神殿祭儀において朗唱されたエメサル祈祷、特にバビロンの都市神マルドゥクに捧げられた長大なバラグ祈祷『賢き主、顧問』を研究する。この祈祷の本文が記された粘土板写本を基に祈祷文の校定を行い、さらに当該祈祷に焦点を当てながら当時のメソポタミアにおける祭儀、神学、そして政治を巡る問題を研究する。本研究は、全エメサル祈祷文書の体系的な定本作成の一部であり、同時に申請者が目指す古代メソポタミアにおける政治・宗教的領域を解明する研究の一部である。このような長期的計画を見据えたうえで、本研究はその期間中に祈祷『賢き主、顧問』の定本完成とこれを足がかりとしたメソポタミア宗教史の研究を目指す。 本年度は祈祷『賢き主、顧問』と本文が極めて類似している、ニヌルタに捧げられた三種のバラグ祈祷の厳密な校定、そしてマルドゥク・ニヌルタ両神のバラグ祈祷に関する比較研究に重点を置いた。ニヌルタのバラグ祈祷本文校定に際しては、以前申請者が許可を得て撮影した、英国大英博物館、独国ペルガモン博物館、同ハイデルベルク大学ウルク・ワルカ・コレクション、仏国ルーブル美術館、米国イェール大学バビロニア・コレクション所蔵粘土板写本(多くは未公刊資料)のテジタル写真を基礎にした(米国メトロポリタン美術館に保管される写本に関しては公刊されているハンドコピーに依拠した)。この研究成果により、祈祷文を構成する文言が極めて類似している『賢き主、顧問』の本文校定が大幅に前進しただけではなく、両神の祈祷における間テクスト的関係の具体的かつ細密な様相も明らなになった。以後、『賢き主、顧問』定本の完成、そしてニヌルタ・マルドゥク祈祷間に認められる間テクスト的関係の宗教史的背景に関する考察を進める。
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