まず、先年度までに作成した祈祷文の校訂に基づいた宗教史的研究に取り組んだ。次の二点に重点を置いた。一点めは、祈祷文の編集とその政治・宗教史的背景に関する課題。先年度までの研究によって、マルドゥク神に捧げられたこの祈祷が、ニヌルタ神に捧げられた祈祷と密接な関係にあること、またその政治・宗教史的背景として、ニップル市のニヌルタの神学を基礎にしてバビロンの新しいマルドゥク神学が形成された状況が明らかになった。さらに、このような新神学形成をすすめるうえで、祈祷文と祭儀プログラムの転用が重要な役割を果たしていた可能性も浮上した。本年度はこのような問題の研究をさらに推進した。まず、類似性が明白なニヌルタ祈祷以外の神々の祈祷を含めたすべてのエメサル祈祷文とこの祈祷文の比較分析を行った。研究により、このマルドゥクの祈祷は、ニヌルタの祈祷文を中核の「素材」として用いながらも、他の主要な神々の祈祷文からも「素材」を収集し、それをマルドゥクの祈祷として編纂することによって成立していることが明らかになった。また、このような祈祷文編集の政治・宗教史的背景として、あらゆる神々の権能をマルドゥクに集合する神学の形成を想定できることも明確になった。二点めは、シュメル語・アッカド語バイリンガリズムの問題。この祈祷文と他のシュメル語・アッカド語バイリンガル文書を比較しながら、特にバイリンガリズムと神学形成の関係に焦点を当てて研究を進めた。これら研究成果の一部を平成25年7月3日にインスブルック大学で開催された学会の招待講演で発表し、また、英語・独語論文(印刷中を含む)にまとめた。 後半は、このプロジェクト全体の研究成果である祈祷文校訂と祈祷に関する宗教史的研究の整理に取り組んだ。これは次年度以降に単行本として公刊する。
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