本年度は、戦国諸子思想と郭店楚簡に関する研究の一環として、郭店楚簡『性自命出』の研究に取り組んだ。その研究成果として、学術論文「郭店楚簡『性自命出』の人性論とその周辺─主要概念と比喩表現の再検討─」(『中国―社会と文化』第二十七号、二〇一二年)を発表した。 郭店楚簡『性自命出』は発見以来、『礼記』中庸篇や同楽記篇等との思想上の類似点が指摘され、その成書年代や所属学派が議論されてきた。一方、我が国においては、その研究の初期段階から、中庸篇との思想上の相違点がいち早く指摘された。そうした研究によって、当文献の思想内容を理解する上で鍵となる「性」「心」といった主要概念は、漸くその独自の意味内容が明らかになってきた。だが、その一方で、それら主要概念の意味内容に関しては、より具体的な説明を試みる餘地が、なお残されていた。そこで、本研究では、『性自命出』に見える「性」「命」「心」「物」や、「善」「不善」及び「物」「勢」といった概念について、これら概念を繞る比喩表現や文章構造を改めて検討し、その意味内容を検討した。その上で、『性自命出』の人性論は、人間を支配する必然的な因果法則と、人間の主体的な判断を可能にする心の自由の領域とを区別し、後者に人倫規範の根源と価値とを見いだす思想であることを指摘した。
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