今年度はヤコービ研究の専門家であるドイツ・ルール大学のザントカウレン教授を招聘した。当初は11月の初旬に三つの講演会の開催を計画していた。第一の講演テーマは「ヤコービの『スピノザとアンチスピノザ』」(大阪大学の上野修教授と入江幸男教授の協力のもとに計画)、第二の講演テーマは「教養-疎外か和解か」(一橋大学の大河内大樹准教授の協力により計画)、第三の講演テーマは「フィヒテの『人間の使命』―ヤコービへの回答は成功したのか?」(入江幸男教授と日本フィヒテ協会の岡田勝明会長の協力のもとに計画)であった。最初の講演は、特定質問者として新潟大学の栗原隆氏を迎えて予定通り開催され、参加者との間で密度の濃い議論を行うことができた。しかし、残念ながらザントカウレン氏がご家族の事情により急遽帰国されることになったため、第二の講演は中止し、第三の講演では、私が翻訳原稿を読み上げ、駒澤大学の久保陽一教授と上智大学の長町裕司教授が事前に用意していた質問を提起する形で講演会を実施した。 ここでは、本研究課題の中心的テーマと連関する第一の講演について概要を紹介しよう。講演の主題は、ヤコ―ビ自身の「私のスピノザとアンチスピノザ」という表現に現れている彼の二重哲学の中身を明らかにするものであった。ザントカウレン氏は、ヤコービの哲学は彼の論争相手側の色眼鏡によって誤解されることが常であったため、彼の真正の思想を明らかにすることが重要であると主張する。ザントカウレン氏によると、ヤコービはメンデルスゾーンやドイツ観念論の哲学者たちのようにスピノザ哲学の衝撃を回避しようとはせずに、まずはスピノザの合理的形而上学の帰結を正面から受け止めたのであり、そのうえで、ヤコービはスピノザの哲学を理論的に論駁しようとしたのではなくて、人間的実践の経験の立場(参加者のパースペクティブ)から実践的に対抗しようとしたのである。
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