計画の初年度にあたる平成22年度は、私寺として出発した寺院の造仏について検討するため、平安初期を代表する作品である神護寺薬師如来像の造像背景について、考察をおこなうという計画であった。 そのため平成22年度は、まず神護寺像の研究課題に取り組んだ。従来の研究では、本像の旧安置寺院について見解が分かれるなど、本像の造像背景を考えるために解決しなければならない問題があったため、この問題に着手した。その上で、本像の造像背景について、「仏力をもって神威を増す」という、八世紀後半頃にあらわれた神仏習合の論理を背景につくられたものであるという新しい理解に達し、この知見については研究誌上で公表した。 あわせて、関連作品として、京都市北区神光院の薬師如来立像などを調査した。神光院には、この像のほかにも、十一面観音像や地蔵菩薩像など、明治元年に神仏分離政策がおこなわれた際、上賀茂神社から神光院へうつされた仏像が安置されている。なかでも本像は、制作が平安時代前期にさかのぼり、当時の神仏習合のありようを考える上で、きわめて重要な作例であり、なおかつ私寺の造像を考える上でも参考になるものである。本像はこれまであまり知られておらず、また上記のように大変重要な作品であると考えられるため、本研究第2年度の平成23年度中に紹介する予定である。 また神光院薬師如来像の調査の際、上賀茂神社伝来という地蔵菩薩立像についてもあわせ調べたが、足柄に、鎌倉時代末期の「正和元年」(1312年)の陰刻銘を発見し、本像の制作年代が判明した。また本像は、像内に多くの小地蔵菩薩像を納入する、いわゆる千体地蔵であることもわかった。本研究のテーマとは直接かかわらないが、本研究を通じて基準作を見出せたことは、意義が大きい。この像についてもまた、できるだけ早く紹介する予定にしている。
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