本研究は、日本中世芸能の「能」で使われる森田流能管の音楽伝承の時代的変容を古楽譜の所蔵調査と網羅的収集、丹念な分析と解読を通して明らかにするものである。 今年度はまず、昨年度までに引き続き、古楽譜の現存状況の把握を目的とした資料調査を継続して行った。各公共機関で発行している目録などをもとに実地調査を重ね、公共機関で所蔵しているものについては、その現存状況を一通り把握することができた。一方で、能楽師個人蔵の古楽譜も現存していると思われたが、個人蔵は扱いが難しいこともあり、その全容の解明までには至らず課題として残った。実地調査にて重要性の確認された古楽譜については、デジタルカメラで撮影したり、マイクロフィルムの複写を行ったりして、収集に努めた。収集した古楽譜のうち、昨年度資料調査を行った山口県の萩博物館所蔵の由良家伝の譜に焦点をあてて、解析を進めた。由良家は、細川藩のもとで独自の技法を開花させ、「由良流」ともいわれる秘伝を確立した。現在は廃絶しているが、森田流のみならず他流の技法形成にも大きく影響を与えたとされ、能管の音楽伝承における重要性はすでに竹本幹夫らによって指摘されているところである。今年度は、由良家伝の各古楽譜の、①史料としての性質を検証、②古楽譜の収録曲、旋律型の種類、記譜法、仮名表記などの分析を進めた。解読が難解で、音楽伝承の極細部にまで踏み込めなかったものもあったが、各古楽譜の特性をおさえるべく努めた。
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