本年度の研究課題は、産業革命による紡織産業の機械化によって、布地・衣服制作に関わる女性たちの習慣がいかに変化し、近代のファッション文化を形成するに至ったのか、そのプロセスの考察である。特に19世紀前半のアメリカにおいて発刊された新聞・雑誌・統計報告、女性たちの日記や手紙を調査・収集し、布地の扱いをめぐる女性の習慣がいかに変化したのかを考察した。研究を通じて明らかとなったのは以下の点である。歴史を通じて布作りは女性の仕事と見做されてきたが、紡織産業の機械化によって、女性たちはそれまで家事の中で大きな比重を占めていた糸紡ぎや機織りから解放された。しかし農村の余剰労働力となった女性たちは、機械を監視する工場労働者として、あるいは都市のお針子として賃金労働に従事した。ここでローウェルの女工たちは布地の生産に携わると同時に、余暇には服飾品を購入し、消費者としても育成された。一方でお針子は、ミシンの実用化前の時代において、過酷な労働環境と低賃金に耐えながら、次々と機械生産される布地を衣服に仕立てた。しかしながら下層階級だけでなく、家庭との結びつきを象徴する針仕事には様々な境遇の女性たちが従事した。そして都市経済の発展とともに増大した中流階級は、女性誌に掲載され始めた裁縫記事を頼りとしながら、流行のスタイルを家庭裁縫に取り入れていった。以上のように、あらゆる階級の女性たちが布地や衣服を取り巻く習慣を大きく変えながら、流行文化の形成に加担していった様子が浮かび上がった。19世紀前半のアメリカ女性たちの衣服をめぐる経験は、様々な国々で近代化の通過点に生きた女性たちの経験の変容を縮図として示していると考えられる。
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