研究計画初年度である本年度は、(1)北京大学で開催された第18回国際美学会議において、日本の上演芸術の新しい動向としての「ツアー・パフォーマンス」について、特に2009年の《サンシャイン63》を事例として取りあげて発表を行った。そこでは、エリカ=フィッシャー・リヒテの『パフォーマンスの美学』における観客と演者のフィードバックについての議論を参照し、これを「ツアー・パフォーマンス」に適用することの可能性について考察を行った。(2)『西日本哲学年報』に「ロマン主義的アイロニーのアクチュアリティー」という題の論文を発表した。これは、ドイツの現代演劇において、非職業的俳優を起用しその個人史に取材して「ドキュメンタリー演劇」と呼ばれる作品群を発表しているグループ、リミニ・プロトコルを取りあげている。このグループは「ツアー・パフォーマンス」などの日本における現象と同時的に展開しており、相互の交流も頻繁に行われているため、その作品について研究することは、本研究課題にとっても重要な意味を持っている。発表した論文では、特に実例として2005年の《ヴァレンシュタイン-ドキュメンタリー的演出》を取りあげ、その特徴を解明するため、現代ドイツの哲学者クリストフ・メンケの悲劇論との比較を試みたものである。その際には、近代悲劇を「美的なものの悲劇」として理解するメンケの議論は、「美的なもの」と「実践的なもの」の分割に基づく以上、両者の境界が不明となる「ドキュメンタリー演劇」を捉えることはできないが、メンケの議論が依拠しているロマン主義的アイロニーの概念は、18世紀末に成立したものであるにもかかわらず、それを精緻に理解するならば、「ドキュメンタリー演劇」の理解に資するものであることを指摘した。
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