新資料『真香雑記』(早稲田大学図書館所蔵)によって、『懐風藻箋註』の作者「今井舎人」が系譜学者「鈴木真年」であることを確定した。そして、この今井舎人が、後述する田中本系統の『懐風藻』を見ていた可能性があることが明らかになった。 石川県立図書館、金沢市立図書館、富山県立図書館に所蔵される『懐風藻』伝本を調査した。その結果、石川県立図書館川口文庫所蔵『懐風藻』は、国立民俗博物館所蔵田中教忠旧蔵『懐風藻』の転写本であることがわかった。 この川口本の親本である田中本は、林家の門人寺尾吉通所蔵本を転写したものであることから、林家伝来の本文を伝えていると考えられる。このことは、一部異なる箇所も散見されるが、おおよそ内閣文庫所蔵昌平坂旧蔵本および塩釜神社所蔵本と類似の本文を有することからも指摘できる。田中本・昌平坂本・塩釜神社本はきわめて近い系統にあるといってよいだろう。ところが、同じ林家伝来の『懐風藻』を使用して編纂された『本朝一人一首』および『本朝三十六詩仙』の『懐風藻』本文と比較してみると、これら三本とは異なる本文を伝えていることがわかった。このことから、林家には複数の『懐風藻』が伝来していた可能性を指摘した。 早稲田大学図書館所蔵『懐風藻』が有する酒折宮文庫の印記について、酒折宮神社および山梨県立図書館・博物館、千葉県立図書館で調査した。その結果、酒折宮文庫の印記は、江戸中期の酒折宮神社神主で、本居宣長門下であった飯田正房のものである可能性が高いことがわかった。 これらの成果により、江戸期における『懐風藻』の伝来と受容に関する考察を進めることができた。特に、これまで林家本として一括して扱われてきた林家伝来の『懐風藻』について、複数の本文が存在していた可能性を指摘できたことは、今後、『懐風藻』の本文系統を明らかにしていく上できわめて重要である。
|