本研究は、19世紀後半から20世紀初頭にかけて米国ならびに日本で活動した文人ラフカディオ・ハーンについて、彼の作品および書簡等の周辺資料からその仏教観を抽出し、仏教が彼の思想において占める位置および意味を明らかにするとともに、彼のその仏教理解をならしめた、当時の欧米における仏教研究の状況についても、あわせて解明することを目的としている。 強力に西欧化を進めていた明治期の日本にあって、ハーンは一貫して伝統的な「古き良き日本」を賛美し、西欧キリスト教文明を批判する文章を書いて、西欧社会に向けて発信し続けた。その際、基盤思想の面で、西欧文明のキリスト教に対置させうる柱として彼が考えていたのが仏教であった。 西欧キリスト教文明に対するアンチテーゼとして仏教を基軸とする文化・文明を取りあげるのは、ハーンの独創というよりも、むしろ、比較言語学の勃興にあわせて欧米の知識人層の間に広まっていた「インド熱」に乗じた、一種の流行のようなものであった。その意味で、ハーンの西欧文明批判とその反動としての日本賛美は、欧米思想界の「インド熱」の亜種と見ることができる。そして、その「インド熱」の渦中にあった欧米の研究者達によって推進された、近代における仏教の発見・構築の営みこそが<近代仏教学>である。 それゆえ、ハーンの作品中に見られる仏教思想の断片を解釈するにあたっては、<近代仏教学>それ自体についての理解が是非とも必要となる。また、そのためには必然的に<近代仏教学>の母体となったインド学についても十分な理解が要求されることになる。 申請書記載の通り、本年度は上記の研究方針に沿って、ハーンの原著ならびにインド学関係の資料を入手し、その整理のための機材・システムの整備を行った。また、年度の後半にはインドの研究所からの招待を受け、当地に滞在しながらインド学・<近代仏教学>の成立と進展について研究を進めた。
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