平成24年度は当初申請時の計画では実施3年間の報告書を兼ねた出版物の製作に充当する予定であったが、ある商業出版社から、当初計画していた「ハーンの仏教関係主要作品の訳注研究」よりも広い範囲で、本プロジェクト全体の研究成果を網羅する内容の出版物を刊行してみないか、との話を頂いたため、成果の公表はそちらに譲ることとし、用意していた翻訳に関しては私家版に留めることにした(この点については、昨年度の研究実績報告書に記載した通りである)。 本年は〈近代仏教学〉成立の状況について、より掘り下げて研究した。それにより、ヨーロッパにおける(あるいはヨーロッパ人が主導した)インド仏教の再生の過程が、19世紀初頭から20世紀中葉までの間に活発化したインド独立に至るインド国内でのナショナリスティックな運動、また、独立以後、インド国内の最下層階級民(アウト・カースト)の階級闘争に、正負、両方の側面で大きな影響を与えていたことが分かった。 加えて、間接的ながら、後にパキスタンの分離独立の精神的バックボーンとなった、M.イクバルによる、インド・イスラム教徒のアイデンティティという思想を準備する上でも、〈近代仏教学〉研究の進展は影響力をもったと考えられる。 最先端の文明国民として広義のインド(南アジア世界)に足を踏み入れたヨーロッパ人が、眼前の未開人・ヒンドゥー教徒の宗教よりも、仏教の方をより高等な宗教と捉え優先的に研究したことが、現地人を刺激し、様々な思想の興起を促したのである。従って、当時のインド思想界のダイナミックな動きの背景には、近代ヨーロッパ人特有の宗教観があったということができる。 その点を図らずも著作を通じて浮き彫りにして見せてくれたのがハーンであった。ハーンの仏教的な作品は、日本の民衆の素朴な信仰との比較のなかで、西欧人が再構築した近代仏教に潜在する西欧的な偏向を垣間見せてくれるのである。
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