研究概要 |
本研究は、トマス・ピンチョンの『重力の虹』のイラストレーション化がピンチョン文学のみならず今日の文学世界全体の中でもつ意味を明らかにするために、同作品を現代アート作家ザック・スミスによる書籍版『イラスト版重力の虹』と比較検討しようとするものである。 過去2年の研究実績を踏まえ、2012年度も昨年度と同様、ウォーカー・アート・センターへの出張に代えて、スミスのイラスト作品の書籍版を用いての照合作業をまず行った。昨年度積み残しとなっていた数10枚の調査を中心に、もう一度全755枚の検討を行い、いまだ内容の判別が困難な7点ならびにある程度判別は可能ながら確証にはいたらない18点を除き、すべての調査を完了した。この予備的調査の成果を踏まえた作品の考察、具体的には、2011年の日本英文学会第83回大会におけるシンポジウム「ポストヒューマンの文学表象」で提示した「『小説』的人間からの変態としてのピンチョン的ポストヒューマン」という観点からの理論的考察が、本年度の研究の中心となった。このような、小説とイラスト間の間テクスト的関係に目配りした、テクスト分析と理論両面からの考察の現時点での成果を、日本アメリカ学会の英文ジャーナル The Japanese Journal of American Studies 第24号(2013年6月発行予定)掲載予定の論文 “Rainbow’s Light: Or, ‘Illuminations’ in Thomas Pynchon’s Gravity’s Rainbow” にまとめた。二つの相反する「光(イルミネーション)」の型が『重力の虹』に見られるということを指摘し、それらパラノイア的妄想の光(シュールリアリスティックな光)と意識の内面を照らす光(リアリスティックな光)のせめぎ合いが、ポストヒューマン的なピンチョンの主体表象の特徴であると論じた。
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