本研究は、アメリカ文学の中に存在する「喪失・損失」の描写が、「損失」を前提に成立する保険制度の思想と相互関係を持つのではないかという仮定の下、両者を比較することを目的としている。 初年度となった平成22年度は、「損失」をテーマとしたアメリカ文学作品に関する論文発表と学会発表を行った。「喪失」「損失」が現代文学でどのように表象されているかという基本的な点を代表的な作家の作品分析を通じて明らかにでき、査読に通過するなどして評価も得られた。 論文1"Whting in a Shipwreck"は現代作家Austerの初期作品に中心的比喩として登場する「難破船」のイメージを足がかりに、この作家の作品群に遍在する「損失」のイメージとそこから派生する歴史観、アイデンティティ観、共同体観などを総括的に論じた。宮崎大学の教員紀要に掲載された。 論文2"Till Death Them Do Part"は、Austerの作品で描かれる「友愛的共同体」の喪失を「友愛」という哲学的系譜、「男性間の愛と死」というアメリカ文学的系譜の中に置いて論じたもの。査読を経て日本英文学会の学会誌Stud ies in English Literatureに掲載された。 学会での口頭発表(「On the Way to Utopia」)は「アメリカ小説の伝統とアメリカについてのヴィジョン」と題されたシンポジウム内の発表であり、Auster作品内には、大航海時代の「アメリカ=ユートピア」という伝統的ヴィジョンが散見される一方で、ユートピア(=「存在しない場所」の意)到達の過程で、様々な災厄を経験し、過去や記憶、共同体や物語そのものが失われていく「損失・喪失」の物語が進行していく、という指摘を行った。本研究にとっては、「大航海時代の産物」というアメリカの歴史的要素と「損失」というモチーフを結び付ける非常に重要な成果となった。
|