研究概要 |
本研究の対象領域は、現代ユダヤ系アメリカ文学である。この文学の特殊性を理解・発見するために、今年度は前年度から収集してきた文献資料等を活用しながら、研究論文の作成を行った。 まず、戦後から現代に至るまで連綿として行われているホロコースト研究の資料を用いながら、戦後ユダヤ系文学の再検証を試みた。具体的には、ホロコースト生存者であるユダヤ系哲学者のエマニュエル・レヴィナス(Emmanuel Levinas)などの著作を活用しながら、生存者にとってのホロコーストの死者を捉えがたきものとしての他者として位置づけることで研究の展開を図った。この意味における他者は、時空を隔てた戦後ユダヤ系アメリカ文学においては、どのように機能しているのか、あるいは機能していないのかを考えることは、「ポスト・ホロコースト」という概念を深化させるためにも重要と思われる。レヴィナスは捉えがたき他者を考究する際に「愛撫」という表現を多用する。愛撫は絶えざる触覚を求める。その意味において、愛撫は終わりなき、飽くなき運動である。対象への恒久的な渇望は、絶対的に捉えきれないゆえに捉えたい他者に投影されるときに顕現する。この論点は、レヴィナスおよびもう一人のユダヤ系哲学者ジャック・デリダ(Jacques Derrida)の触覚論を援用しながら論じた拙論"The Lasting Feel of 'Goodbye, Columbus'"において具体化されている。現代ユダヤ系作家フィリップ・ロス(Philiop Roth)の代表作「さようならコロンバス」(Goodbye, Columbus)を上記の視点から論じた本論は、審査論文として学会誌に掲載された。 今年度は体調不良等により学会等に参加することが困難な状況であったが、研究成果の一端として上記論文を発表することが出来た。次年度も、現代ユダヤ系アメリカ作家-たとえばポール・オースター(PauL Auster)、イーサン・ケイニン(Ethan Canin)、エイミー・ベンダー(Aimee Bender)-に注目しながら、研究成果を発表していくつもりである。
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