本研究が対象とする領域は、現代ユダヤ系アメリカ文学である。現代ユダヤ系アメリカの特徴および特殊性を理解するために、最終年度は代表作家としてポール・オースター(Paul Auster)に焦点を当て、特に『最後の物たちの国で』 (In the Country of Last Things) における「ポスト・ホロコースト」像の分析を行った。本作は、ホロコーストの舞台をヨーロッパではなくアメリカに、そして時代を戦後ではなく現代に設定している点において、まさしく「ポスト・ホロコースト」を描いている。先行研究において作者はユダヤ系作家というより、主としてポストモダン文学の旗手として扱われる傾向が強かったゆえに、本研究による新たな視座の獲得は重要と思われる。 「ポスト・ホロコースト」文学を追求することにおいて、ユダヤ系アメリカ作家だけでなく、他の作家による文学作品も関連させることで、今後の研究展開を図れるのではないか。この展望のもとに、本研究の最終年度においては、9/11という人災や3/11という天災を含めた事象をも関連させながら、「ポスト・ホロコースト」像を捉え直す試みを行った。その一つの表れが、村上春樹(Haruki Murakami)の幾つかの作品と受賞スピーチを扱った拙論である。ホロコーストから様々な災害に至るまでの襲いかかる悪意(ill will)を論じる上で、作者の視点と論点は有用であり、今後の研究の拡大に役立てたいと考えている。 以上の活動、および初年度からの活動を総括するために、本年度は研究課題名と同名の成果論集を作成した。
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