本研究の目的は、20世紀初頭のモダニズム期における文芸誌・視覚芸術誌を軸に、当時の文化的・知的ネットワークがどのようなものであったかを考察し、そのネットワークのなかでT.S.エリオットの詩学・文化観を理解することである。本年度はエリオットが編集長を務めた『クライテリオン』誌の編集方針と当時の雑誌事情を検討した。エリオットの手紙や寄稿依頼文、広告などの読解から以下のことが見えてきた。まず、『クライテリオン』がヨーロッパ文学というひとつの「同時的な秩序」を構成しているという点で、エリオットが理想とする伝統の再現の場となっていること。また、エリオットは寄稿者に「高次の知的活動を維持する」ことと「非個性的な忠誠心」を求めており、この態度は評論「伝統と個人の才能」で論じられる「非個性論」に対応することである。 さらに『クライテリオン』の発行部数に目をやると、エリオットが考えていた読者層がいかに限定されたものかが窺い知れる。当時、旧来の共同体が解体し、経済の発展を背景に「新しい階級」と呼ばれた下層中産階級や大衆という名の集団が登場した。この状況はエリオットが理想とする社会とはかけ離れたものであったが、エリオットは同誌を通じて、「文化の定義のための覚書」で展開されるような社会モデル-各階級や共同体が独立性を保ちながらも、社会という有機的全体の一部を形成している社会-を維持しようとしたことが考察を通じて明らかになった。
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