本年度はイギリス戦間期という時代からエリオットの言語を考察した。特に戦間期に注目した理由は、『四つの四重奏』「イースト・コウカー」の一節で表明されているように、この期間がエリオットにとって「ことばの使い方を学ぼうとしていた」時期であり、詩作において重要な意味を持つと考えられるからである。 研究のアプローチとしては、アメリカ合衆国の覇権形成がイギリス戦間期にさかのぼることに注目し、イギリスにおけるアメリカナイゼーションという状況のもとエリオットが「ことば」についていかに考えたのか、またアメリカナイゼーションに対してどのような見解を示したのかを考えた。具体的には、当時の文芸誌や映画雑誌から「アメリカ文化」や「アメリカ英語」に対する見解や論点を掬いだし、ミュージックホールと映画を軸に考察を行った。 その結果、ミュージックホールについては、イギリスの1930年代の潮流のなかで捉えるべきこと、つまり、ミュージックホールを懐かしむいうエリオットの振る舞いは、英国性を再定義する当時の一般的なジェスチャーであったことを確認。一方、映画については、1927年にイギリスで映画法が成立したにも関わらず、圧倒的にアメリカ映画が市場を占有していたという状況を整理した上で、映画というメディアを通じて、アメリカ英語がいかに普及したかをまとめた。さらに、アメリカ英語がイギリスにおいて警戒された背景には、言語と国家の繁栄とを結びつける文化観・言語観があることも指摘した。そしてエリオット自身は、このような背景のもとイギリス帝国主義から国民文化への移行に寄り添いながらも、アメリカという地域性を含んだ英語圏文化を編制しようとしたことを明らかにした。
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