本研究は、「ボーディングハウス」という社会的・文化的・建築史的現象を立脚点とした19世紀アメリカ文学のテクスト分析を通し、ドメスティシティという概念の構築および同概念による19世紀アメリカ社会の文化形成について、綿密に検討することを目的とした。従来のドメスティシティ研究は、その基盤となる女性の領域(「家庭」そのもの)の表象を分析対象としてきたが、これに対し本研究は「家庭」の対立項としてのボーディングハウスに着眼した。とくにアンテベラム期におけるボーディングハウスが表象されている個別の具体的資料や、テクストの分析・検証を通して、アメリカ的家庭の普遍性や限界を浮き彫りにし、ドメスティシティがさまざまな文化的政治性を有しうることを論証した。 2011年3月に発表した論文「ボーディングアウトする女、家庭にしがみつく男--(反)ボーディングハウス小説におけるセアラ・J・ヘイルのドメスティック・イデオロギー」(『アメリカ研究』第45号)において、本研究代表者は「自由労働と女性」がドメスティシティと密接にかかわっているという新たな視点を得た。そこから分析対象を南北戦争期の「ポートロイヤルの実験」に参加したローラ・タウンの日記・書簡へと拡大し、黒人女性と賃金労働の問題がドメスティック・イデオロギーとどのように関わっていたのかを検証するに及んだ。さらに、アンテベラム期の黒人男性作家フランク・ウェッブの作品『ゲーリー家と友人たち』(1857)における黒人独自のドメスティシティを再考する機会を得て、それが白人ドメスティシティに対する反定立的提示であることを示した。これらの研究を通じ、従来、中流階級の白人女性のテクストを中心に検証されてきたドメスティシティ研究において、人種・階級・ジェンダーを横断した幅広い分析を行う可能性が示された。
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