平成22年度においては、歴史という概念と対峙しつつ、歴史という枠組みからはみ出るような時間のあり方、また、その時間性が伴う、「主体」とは異なる自己のありようを、物語行為がどのように実践し生み出しているのか、という点を中心として研究を行った。 まず、歴史という時間のあり方に対抗するような時間性の実践を、物語という行為に見出している小説として、Richard Powersによる1988年の小説Prisoner's Dilemmaに分析を加えた。歴史によって自らが「囚人」とされているという状況からの「出口」を、物語行為による記憶および過去の積極的な改変に見出すPowersのテクストのダイナミクスが、現代アメリカ作家たちによる「外部」という概念の追求の一部を成していることを確認した。 さらに、アメリカ合衆国の歴史、およびナショナル・アイデンティティの重要な要素である「ロード」体験に考察を加えた。ロサンゼルスという、しばしば「反ロード」的と形容される都市を舞台とした現代文学のテクストにおいて、アメリカ的な自己を規定する「ロード」という主題がどのように取り扱われているのか、という問題に絞り、Jack Kerouacから始まり、Joan Didion、Richard Powers、多和田葉子らのテクスト群を考察した。直線的な歴史意識、および未来への「開かれ」を前提とした「ロード」の時間性が、現代作家たちのテクストで転覆され変容されていることを論じた。 その他、口頭発表の場において検討したのが、ペルー生まれの作家Daniel Alarconの諸作品である。Alarconは単なる移民文学の枠にとらわれることなく、特に小説Lost City Radioにおいて、国家が作り上げる歴史という枠組みに対する批判的な視点から、記憶と忘却という主題を探求している。Alarconの当該小説は、2012年に新潮社より翻訳を出版することが決定している。
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