本研究初年度にあたる平成22年は、19世紀フランス文学と異郷のテーマをめぐる基本的な資料をリストアップし、入手可能なものは購入した。それと平行して「異郷」という概念の論理的考察を行い、18世紀末から19世紀初頭にかけて「異郷」にまつわるイデオロギーが大きく変遷することに確認した。それまでは「異郷」は作家の哲学的、政治的、あるいは美学的見解を表明するための道具立てとして設定されることが多かったのに対し、19世紀に入ると「異郷」は作家が実際に対峙し、またそこから文学営為を開始するための起爆剤としての役割を果たすようになるのである。こうした考察のひとつの成果として、この時期にフランス語で執筆したポーランド出身の作家ヤン・ポトツキが残した小説『サラゴサ草稿』について、6月にパリ第7大学とメゾン・ド・バルザックにて開催された国際シンポジウムにて発表を行った。 同時に旅行記についての研究も進め、とりわけ19世紀に盛んになったオリエント(トルコやエジプトといった近東諸国)への旅に着目しながら、シャトーブリアン、ネルヴァル、フロベールなどの時代を代表する作家たちの作品の考察を行った。とりわけ「異郷」という問題を扱うにあたって、従来あまり着目されてこなかった旅行の細部、たとえばどのような移動手段を用い、どのような宿泊施設を利用したのか、あるいはどのような服装で旅を行ったのかなどという問題を取り上げ、西洋とは異なる環境に身を置いた作家の考えをその記述の中に見た。こうした考察の成果については、9月に朝日カルチャーセンター、ならびにブリヂストン美術館で行った講演の中で発表した。
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