研究課題/領域番号 |
22720125
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研究機関 | 聖心女子大学 |
研究代表者 |
畑 浩一郎 聖心女子大学, 文学部, 講師 (20514574)
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キーワード | 仏文学 / 19世紀 / 異郷 / 旅行記 / オリエンタリズム / 植民地主義 / 地中海 / 近東 |
研究概要 |
本研究2年目にあたる平成23年度は、19世紀フランスの散文作品に焦点を当てて、そこに現れる異郷の問題を考察した。検討対象としては、まず世紀前半のロマン主義時代において流行を見せるオリエント旅行記を重点的に取り上げた。その過程で「紋切り型」に対する旅行記作家の強い反発がこの問題と深く絡んでいるという道筋が見えてきた。これまで多く論じられてきたように、異郷というのは、ただ外的環境(作家が訪れる異国)、あるいは作家の心理的要素(たとえば未知の国へのあこがれ)という二面からによってのみ捉えられるのではなく、そこにしばしば作家の強烈な「創造者としての自意識」が複雑な形で作用しているということが、特にテオフィル・ゴーチエの旅行記を検討することで、確認できた。 また作家の旅行体験を作品創造の直接的な契機に置かない散文作品、たとえば小説における異郷の問題をも検討した。とりわけ19世紀初頭にポーランド出身のヤン・ポトツキが全編フランス語で執筆した『サラゴサ草稿』は、物語舞台のダイナミックな転換、そこに『千一夜物語』式の夢幻性がちりばめられていること、さらにはイスラーム支配時代のスペインにおけるキリスト教とイスラームの関わりが物語進行の駆動力として置かれていることなどから、異郷という問題を考える上で第一級の研究素材であることがあらためて確認された。 6月に日本女子大学にて開催された、地中海学会大会におけるシンポジウム「さまよえる地中海」において、我が国ではまだほとんど知られていない『サラゴサ草稿』を取り上げ、異郷という観点から浮上するいくつかの問題について発表を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究初年度に着手した、異郷という概念にまつわるイデオロギー的な側面の考察を経て、平成23年度は、主に散文作品における異郷の問題について認識を深めた。旅行記については、テオフィル・ゴーチエのいくつかの作品を集中的に見ることによって、一人の作家における異郷の意義の変遷を確認する道筋をつけることができた。また小説については、本研究にとってポトツキの作品の詳細な検討が極めて有益であることが確認できた。おそらくポトツキに影響を与えたであろう18世紀フランスの哲学者、たとえばディドロやヴォルテールの著作の考察が本研究に新たな光を投げかけてくれるであろうという予測も建てることができた。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究で得られた成果を整理しつつ、今後は韻文作品における異郷の表れを重点的に見ていく。韻文作品は、旅行記や小説と比べた場合、はるかに抽象度が高く、異郷というテーマをめぐっても詩人の美学が強く反映される。ユゴー、ボードレール、ランボーなど、時代を代表する詩人の異郷についての意識を正確に把握するという作業を経た上で、19世紀全体を見渡す形で、当時の韻文作品における異郷の意味を考えていく。 最後にこれらの研究を踏まえ、19世紀フランス文学において異郷が果たした意義を総括し、またその見取り図を作成していく。
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