最終年度となる本年度は、第一次世界大戦を契機として戦時中から終戦直後(1920年代)に書かれた証言的文学に主たる焦点を合わせ、以下のふたつの側面から研究を行った。(一)「証言」と「文学」の関係について。この時代に書かれ、また出版された証言的なテクストの数は多いが、それらは「文学」として受容されるものとそうでないものとに分かれる。とりわけいわゆる「ノンフィクション」の作品の場合、その線引きは、内容よりもテクストをとりまく諸条件(パラテクスト)によるものと考えられる。こうした観点から、文学作品として受容された証言的テクストを調査し、戦争経験を書くことが文学的価値をもたらす例(アンリ・バルビュス、モーリス・ジュヌヴォワなど)を調査した。(二)「書く」層の拡大について。前項で述べたように、「証言」が「文学」という枠組みに収まりきらず、「文学」と「非文学」をまたいで出現した背景には、大戦が数多くの市民を動員したということと同時に、大戦勃発にいたるまでの時代に文字文化が広範囲に浸透していたという事情がある。そこで書くという行為の前提となる歴史的・社会的条件である第三共和政下の教育改革(とりわけ初等教育の充実化とそれによる識字率の上昇)に着目し、書くことの「民主化」という戦前に進行していた文化的地殻変動が、大戦という出来事、より正確には「戦争を生きる」という生の経験を書くことをきっかけにどのように表面化したのか、またそれによって「文学」の社会的な位置づけがどのような影響を被ったのかを明らかにした。 なおこれらの研究成果は、2013年12月に東京大学で開催されたシンポジウム(「フィクションと出来事」)ならびに2014年2月に一橋大学で開催されたシンポジウム(「〈生表象〉の近代」)で発表を行った。
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