平成24年度は、アレクサンダー・クルーゲが1981年にオスカー・ネクトとの共著として発表した『歴史と我意』における「労働」の概念を精査する作業を中心に研究を進めた。クルーゲ/ナクトは、この概念を歴史学・生物学・人類学・文学・メディア論などの領域を横断するかたちでラディカルに拡張するとともに、社会的・歴史的に分断されてきた大衆の「労働能力」の数々をたがいに結合させ、転覆的にモンタージュすることで、社会的経験の地平を新たに再編成する必要があると主張している。本研究では、このようなクルーゲの「労働」をめぐる思想を、マルクスからアドルノ、ハーバーマスにいたるフランクフルト学派の理論的背景のなかに位置づけたうえで、さらに①生産機構のラディカルな変革を志向していたクルーゲが、1980年代以降、広義における大衆の「労働能力Arbeitsvermögen」の再組織化という契機を重視する方向にシフトしていったこと ②そのための具体的実践として、モンタージュという手法が戦略的に活用されていること、③そこに後期アドルノのテクノロジー・メディア論からの影響が顕著なかたちで見られること、の3点を示した。 本研究の成果は、平成24年5月に日本独文学会春季研究発表会において口頭発表した「〈労働〉のメタモルフォーゼ」、および、同年9月にブラジル・パウリスタ州立大学にて開催された国際シンポジウム「Teoria Crítica e Educação(批判理論と教育)」でドイツ語にて口頭発表した「Die Emanzipation der filmischen Bilder」というかたちで発表された。また、関連業績として、初期アドルノにおける言語をめぐる考察について論じた学術論文を発表した。
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