本年度は、移民・難民問題に関連する社会学および歴史学の研究を参照しながら、現代フランス語圏文学の諸作品を読み解き、フランス現代社会の直面する「ポストコロニアル的な」諸問題についての考察を進めた。 また、二度に渡って海外への研究調査出張を行なった。2011年1月には、フランスのブレストを訪れ、同地の劇場にて、研究対象であるコンゴ出身の振付家フォスタン・リニエキュラが、ドイツの演出家ライムント・ホーゲとともに作った「Sans titre」というきわめて政治的な作品の上演に立ち会った。次いで3月には、パリのシャイヨー宮劇場にて、リニエキュラ演出で、ラシーヌの『ベレニス』にポストコロニアル的な解釈をほどこすことによって考案された、ダンスとも演劇の融合とも形容しうる「Pour enfiniravec Berenice」の上演に立ち会い、演出家へのインタビューを行なった。同時に、パンタン市のダンス・センターにて、リニエキュラのダンス作品「Cargo」の初演にも立ち会い、その後、リニエキュラ氏へのインタビューを行なった。 そこで明らかになったのは、西洋と自国コンゴとの複雑かつ歪んだ関係への批判的なまなざしである。西洋の植民地主義の象徴であるフランス語、とりわけラシーヌの美しい、規範的ともされる台詞を、コンゴ人俳優たちによって徹底的に誰らせ、揺るがし、解体し、同時にリニエキュラが同じ舞台の上で、硬直し、痙攣したダンスを踊ることで、この芸術家は、現在もコンゴの社会を苦しめる植民地主義の問題に、身体的な表現によって見事に応答している。
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