本年度では、アルヌール・グレバン作『受難の聖史劇』の諸写本の内でも、本研究課題の主な調査対象であるH写本の転写を開始した。この作業を通じ、当該写本を読解する上でのいくつかの問題を把握することができ、今後の調査の方向性に関する示唆を得ることができた。こちらの作業は来年度も引き続き行う予定であり、余裕に応じて他の写本の調査も考慮に入れたいと考えている。 同作品を同じ主題を扱った中世演劇作品の中で位置づけるべく、サント・ジュヌヴィエーヴ図書館蔵写本1131に収録された『我らが主の受難の聖史劇』の写本・詩作技巧の調査を行い、その内容を発表・論文として執筆した。なかでも、詩作技巧の不規則性を考える上で格好の材料となる、孤立詩行の成立過程とその解釈法に関して研究を行った。こうした周辺関連作品の写本・詩作技巧の研究も、来年度中に出来るだけ行いたいと考えている。 さらに年度半ばには、以前より共同作業を行っている二名(D・スミス及びX・ルルー両氏)のフランス人研究者とともに、イタリアのスーザにてアルプス周辺で書かれた聖史劇作品(『聖アンドレの受難劇』)における詩作技巧の構造に関する研究発表を行い、イタリアや他のヨーロッパ諸国の研究者からの意見を得ることができた。また同じ機会に、パリにおいてグレバン研究の第一人者であるD・スミス氏の研究指導学位論文審査会に参会し、グレバンに関する最新の研究成果を把握する機会を得ることができた。
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